第49回(2018年)
JXTG童話賞
【中学生の部 優秀賞】

風鈴の思い出作者:野口咲希 / 絵:あべせいじ

この日は、夏休み真っ只中だった。

燈は太陽が容赦なく照りつけるアスファルトの道を、汗を流しながら歩いていた。手の中には、千円札が一枚握られている。しばらくは家に帰りたくなかった。

このまま家に帰って、喧嘩をした母親と顔を合わせることなどできない。床に散らばる風鈴のガラスの破片を思い出す。

夏休みの空は、もやもやした気持ちの燈を嘲笑うような快晴だった。それがなんだか癪で、足下の小石を蹴った。

燈が蹴った小石が、暗闇に消えた。いつのまにかトンネルの前まで来ていたようだ。

ここまでまっすぐ歩いてきた燈の足が止まった。このトンネルは昼間でも暗く、通る人もほとんどいない。外からはスプレーの落書きが見える。さすがにここを通る勇気はない、と燈が引き返そうとしたときだった。

ガラスがぶつかる音が、かすかに耳に入った。その音は確かに、トンネルの中から聞こえている。

軽やかな音に惹かれて、恐る恐るトンネルの中に入った。怖さなんて、もうどうでも良かった。

燈がその正体を知ったのは、暗闇に仄かな光を見つけたからだった。それは小さな屋台のようで、古そうな木に『風鈴屋』と書かれた看板が下がっている。

「風鈴屋へようこそ。」

笑顔で言ったのは、一匹の狸だった。

燈は唖然としながらゆっくりそれに近づいた。なんで狸が喋ってるとか、なんでこんなところにこれがあるとか、そういう質問は全部燈の中から飛んでいた。

「本日はどのような風鈴をご希望ですか?」

狸は手元の箱を開きながら言った。

燈は、箱の中に色鮮やかなガラスの破片を見つけた。柄も様々だ。それらは屋台の光に反射して、眩しく輝いていた。

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